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静岡地方裁判所 昭和56年(行ウ)2号 判決 1984年11月29日

静岡市登呂六丁目一六番二五号

原告

大村保

右訴詮代理人弁護士

広瀬清久

静岡市追手町一〇番八八号

被告

静岡税務署長

鈴木武男

右指定代理人

高須要子

佐藤昭雄

藤井光二

森裕裕義

大榎春雄

右当事者間の所得税更正処分取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が原告に対して昭和五六年八月二〇日付でなした原告の昭和五三年分所得税についての更正処分のうち、課税長期譲渡所得金額について四六六四万八〇〇〇円を超える部分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五四年三月一五日、昭和五三年分の所得税に関し、総所得金額を九〇四万〇八五九円、課税長期譲渡所得金額を二四一八万〇四六八円、納付すべき税額を六〇四万八七〇〇円とする確定申告をした。

2  これに対し、被告は、昭和五六年八月二〇日、原告から訴外大村とし子(以下「とし子」という。)への財産分与を原因とする別紙物件目録記載(二)の土地の所有権移転について申告がなされていないこと等を理由として、右分与による所得を二九九二万五〇〇〇円と算出したうえ、前記申告に係る課税長期譲渡所得金額を七六五七万三二七九円に、納付すべき税額を三一〇三万四二〇〇円に更正し、かつ、過少申告加算税一二四万九二〇〇円を賦課する決定(以下「本件処分」という。)をした。

3  原告は、昭和五六年一〇月二〇日、被告に対して異議申立をしたが、被告は昭和五七年一月一九日これを棄却し、更に原告は、同年二月一八日、国税不服審判所長に対して審査請求をしたが、同所長は昭和五八年三月にこれを棄却する裁決をなし、同裁決書の謄本は同月一七日原告に送達された。

4  しかしながら、原告は、別紙物件目録記載(二)の土地をとし子に贈与したものであり、財産分与として譲渡したものではないから、被告の認定は誤りである。そして、本件処分は、かかる誤った認定を前提として、原告の所得を過大に認定した違法な処分である。

5  よって、原告は、本件処分のうち、課税長期譲渡所得金額について四六六四万八〇〇〇円を超える部分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の主張は争う。

三  被告の主張

1  原告の昭和五三年分の資産の譲渡

(一) 原告は、昭和五三年五月一三日、妻とし子と協議離婚し、同日、財産分与として自己所有の別紙物件目録記載(一)、(二)のの土地、建物((一)は居住用のもの、(二)は居住用でないもの)をとし子に譲渡し、同月二六日その旨の登記を了したが、財産分与は所得税法上資産の譲渡に当たる(最高裁判所昭和五〇年五月二七日第三小法延判決民集第二九巻第五号六四一頁)。

(二) 原告は、昭和五三年五月八日、訴外三崎加工原料株式会社(代表取締役は原告)(以下「三崎加工原料」という。)に対して、自己所有の別紙物件目録記載(三)の土地を贈与した。

(三) 原告は、昭和五三年八月三一日、訴外静岡住宅株式会社に対して、自己所有の別紙物件目録記載(四)の土地を代金一一二二万四〇〇〇円で売り渡した。

2  本件処分の適法性

原告の昭和五三年分の分離課税長期譲渡所得金額は、前記各資産の譲渡等による総収入金額から取得費、譲渡費用及び譲渡所得の特別控除額を控除した残額七六九〇万六五八円であり、その算出根拠は、別表譲渡所得計算表のとおりであるところ、右金額は本件処分において被告が更正した金額を上回るから、本件処分は適法である。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張1の事実のうち、原告が財産分与として別紙物件目録記載(二)の土地をとし子に譲渡したことは否認するが、その余の事実は認める。

2  別紙物件目録記載(一)、(三)、(四)の各物件の譲渡に係る収入金額、必要経費、譲渡所得の特別控除額が被告主張額のとおりであることは認める。

別紙物件目録記載(二)の物件の譲渡による譲渡所得の計算関係は争うが、仮りに同物件が財産分与としてとし子に譲渡されたものとすれば、これに関する収入金額、必要経費、譲渡所得の特別控除額が被告主張のとおりの額になることは認める。

3  原告は、別紙物件目録記載(二)の土地を財産分与としてとし子に譲渡したのではなく、とし子に贈与したものである。その経過は次のとおりである。

(一) 昭和五二年四月頃、原告ととし子との間で離婚の話が持ち上がった際、とし子は、原告に対し、原告所有の別紙物件目録記載(一)の土地、建物を分与してくれれば離婚してもよいとの条件を提示し、原告はこれを応諾した。

(二) 原告は、とし子との離婚に際し、原告所有の別紙物件目録記載(二)の土地を一〇〇坪ずつに分筆して、原告ととし子との間の子である訴外伊奈多美(以下「多美」という。)、同大村文(以下「文」という。)、同大村木実(以下「木実」という。)の三名に贈与したいと考え、その意向を訴外若月一郎(以下「若月」という。)を介して右三名に伝えたところ、右三名が「自分達は要らないので母に贈与して欲しい」旨申し出たため、原告は、右土地をとし子に贈与することにした。なお、若月は、このとき、右三名の相続放棄申述書、印鑑登録証明書、相続分不存在証明書を取りまとめた。

(三) 原告は、別紙物件目録記載(一)、(二)の土地建物の所有権をとし子に移転した場合に原告の負担すべき税金の額を気に掛けていたところ、若月から「税務署で調べたが、財産分与でも原告には税金は全くかからない」旨聞かされたため、若月の勧めにより、昭和五三年五月一三日、登記原因証書として用いる目的で、とし子と共同で、別紙物件目録記載(一)、(二)の土地建物を財産分与としてとし子に譲渡する旨の協議書を作成した。

(四) しかし、原告は、別紙物件目録記載(二)の土地を財産分与としてとし子に譲渡する意思は全くなかったものであるところ、被告は、原告側の右事情についての調査を全く行わず、単に形式的に登記簿上の登記原因から、右土地が財産分与として譲渡されたものと認定し、本件処分を行ったものであり、本件処分は違法な処分である。

なお、とし子は、原告の法律に関する無知に乗じて別紙物件目録記載(二)の土地に対する課税を免れたうえ、若月と共に、昭和五三年七月一日に右土地を訴外株式会社東庵青果食品市場(以下「東庵青果」という。)に売り渡し、利益を得ている。

第三証拠

本件記録中の書証目録並びに証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1ないし3の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  原告は、被告の主張のうち、原告が別紙物件目録記載(二)の土地を離婚に伴う財産分与として譲渡したと、被告が認定した点のみを争うので、被告の右認定の当否について検討する。

1  前記当事者間に争いのない事実に、成立に争いのない甲第二号証、同第五号証、同第八号証、同第一〇号証、乙第一ないし第四号証、同第六号証の一、二、原本の存在及び成立につき争いのない甲第一二号証、証人大村とし子、同伏見章次の各証言により真正に成立したものと認められる乙第五号証、証人大村とし子の証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証、同第三、第四号証、同第六、第七号証、同第九号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一四号証、証人大村とし子の証言及び原告本人尋問の結果によって原本の存在及び成立を認め得る甲第一五、第一六号証(但し、後記信用しない部分を除く。)、証人大村とし子の証言によって原本の存在及び成立を認め得る甲第一一号証、原告本人尋問の結果により原本の存在及び成立を認め得る甲第一七号証、証人大村とし子、同伏見章次の各証言、原告本人尋問の結果(但し、後記信用しない部分を除く。)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和二七年一一月七日にとし子と婚姻したが、昭和三二年頃から、仕事の都合等でとし子と別居して生活することが多くなった。原告の子のうち、多美、文、木実の三名は、とし子と同居し、とし子がその養育に当たってきた。とし子は、原告が経営していた三崎加工原料の社員としての名目上の地位を有していたが、原告は、とし子に対し、同社の給料としてのほか相当額の生活費を月々送金していた。

(二)  別紙物件目録記載(一)、(二)の土地は、原告が昭和一九年に耕作をする目的で買い受けた土地であるが、原告ととし子とが婚姻した当時は、原告の父が住宅の敷地及び田として利用していた。その後、原告の父が病気になった際、別紙物件目録記載(一)の建物が建築され、原告の父の看護のために、とし子が子供達を連れて同建物に住むようになった。そして、とし子らは、原告の父が死亡した後も、同建物に居住してきた。原告は、昭和三六年頃、同目録記載(二)の土地を、その上に建物を建てないことを条件に、東庵青果に賃貸し、その際、右土地と同目録記載(一)の土地との境に、石垣が築造された。その後、東庵青果は、同目録記載(二)の土地上にプレハブの建物を建築した。

(三)  原告は、昭和五二年三月頃、とし子と離婚する意思を固め、若月と訴外丸山彦之助に離婚の交渉を依頼した。若月はとし子方を訪れ、離婚後生活に困ることのないよう配慮することを前提に、原告との協議離婚に応ずるよう説得した。とし子は、子供達とも協議のうえ、右協議離婚の申出に応ずることにし、その旨若月を介して原告に返答したが、その際、財産分与に関しては、離婚後の生活に困らない程度の財産を欲しい旨述べたのみで、特定の財産の要求はしなかった。昭和五二年六月ころ、とし子は三崎加工原料を退社したことにされ、同社からとし子への給料の支払は打ち切られた。

原告は、昭和五二年当時、別紙物件目録記載の各物件、三崎加工原料が使用している神奈川県三浦市三崎町所在の土地、建物等の不動産のほか、株券等の資産を所有していた。

(四)  若月は、昭和五二年六月初旬頃、別紙物件目録記載(一)、(二)の土地建物上に、三崎加工原料を債務者とする根抵当権が設定されていることを知り、原告に対し、右根抵当権設定登記を抹消したうえで右各不動産を譲渡することを離婚の前提条件としてはどうかと提案し、また、離婚に伴う慰籍料として財産が譲渡される場合には、譲渡者の側には税金はかからない旨の話をした。

一方、原告は、離婚に際して行なう財産の処分に関して種々の提案をし、同年六月頃には、原告から多美、文、木実の三人の子に対して直接土地を贈与することを提案したが、多美ら三名は、自分達に贈与する財産があるのであれば、とし子に譲渡してほしい旨返答した。そこで、原告は、多美ら三名に対して、原告を被相続人とする相続を放棄するよう求め、多美ら三名は、原告の要求に応じて、同年七月下旬頃、相続放棄申述書、相続分不存在証明書を作成して原告に交付した。

昭和五三年に入り、原告は、若月の前記提案に従い、前記根抵当権者と交渉して根抵当権設定契約を解除し、同年四月二六日に、別紙物件目録記載(一)、(二)の各不動産について根抵当権設定登記の抹消登記を経由した。その頃、改めて、原告は、離婚の際には、根抵当権の登記が抹消された別紙物件目録記載(一)、(二)の土地建物を譲渡するつもりでいることがとし子に伝えられたが、その際、同目録記載(一)の物件の譲渡と同目録記載(二)の物件の譲渡とはその法律的性質が異なるものであるという話はなされなかった。

(五)  昭和五三年五月一三日、原告ととし子は離婚することになり、財産分与として原告が別紙物件目録記載(一)、(二)の土地建物をとし子に譲渡する旨の協議書が作成され、同日付で二人の離婚の届出がなされた。なお、離婚に際して原告からとし子へ譲渡された財産は、右不動産だけであった。

そして、同月二六日、右協議書を登記原因証書として、右不動産につき財産分与を原因とする所有権移転登記が経由された。

とし子は、離婚後の生活資金にするために、別紙物件目録記載(二)の土地について分筆手続を経たうえ、同年一〇月一九日、これを代金三一五〇万円で東庵青果に売却した。なお、右土地の譲渡に関して税務署に提出されたとし子作成名義の「譲渡資産などの明細書」と題する書面中、「売却された資産の買入先や買入金額」欄には、原告との協議離婚に伴う慰籍料として入手したため買入価格不明との記載がある。

(六)  原告は、昭和五四年三月一五日に昭和五三年分所得税の確定申告をした際、別紙物件目録記載(一)、(二)の土地建物のとし子への譲渡に関しては、所得税は課税されないものと考えて、右不動産の譲渡の申告をしなかった。他方、原告は、同年一月及び四月に、右物件の譲渡に関する清水税務署からの照会に対し、右物件を離婚に伴う慰籍料として譲渡した旨回答した。

(七)  被告は、別紙物件目録記載(一)、(二)の土地建物の譲渡に関し、昭和五四年一〇月頃に原告から、昭和五五年七月頃にとし子から、それぞれ事情を聴取し、同年秋頃、原告に対し、居住用財産の譲渡所得の特別控除制度についても説明したうえ、右物件の譲渡に関する修正申告をするように勧告した。原告は、同年一一月頃になってから、別紙物件目録記載(二)の土地はとし子に贈与したものである旨主張するようになり、この主張に沿う確認書と題する書面(甲第一五号証)を起案したうえ、とし子と若月の署名押印を得て被告に提出した。

被告は、原告の主張を退けて、昭和五八年八月二〇日に本件処分を行った。原告は、本件処分の直前に、別紙物件目録記載(一)の土地建物の譲渡に関しては修正申告を行った。

以上の事実が認められ、甲第一五、第一六号証及び原告本人尋問の結果中、とし子が昭和五二年四月当時、別紙物件目録記載(一)の土地建物を譲り受けることができれば原告との離婚に応じてもよいとの意思を表明していた旨の記載及び供述、甲第一五、第一六号証中、原告が別紙物件目録記載(二)の土地をとし子に贈与した旨の記載は、いずれも前掲各証拠に照らしてたやすく信用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、一年以上に及ぶ原告ととし子の離婚の条件に関する交渉の過程で、原告が多美、文、木実の三名の子に対して自己所有の土地を贈与することを提案したことがあるとしても、最終的に離婚するに際しては、別紙物件目録記載(一)、(二)の物件は、共に離婚に伴う財産分与として原告からとし子へ譲渡されたものと認めるのが相当である。

二  そうすると、原告が昭和五三年中に財産分与として別紙物件目録記載(二)の土地を譲渡したとの認定に基づいて、被告が行った本件処分には、原告主張の違法はないものというべきである。

三  よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することにし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐久間重吉 裁判官 北村史雄 裁判官 孝橋宏)

別紙

物件目録

<省略>

譲渡所得計算表

<省略>

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